· 

目に見えないものに殺される

 

人は、目に見える恐ろしいものには対抗できます。

たとえば、火事、地震、刃物を持った人。

それらを前にしたとき、私たちは全力で逃げ、全力で抵抗します。

「危ない」と分かるからこそ、体も心も危険を避けるように働きます。

 

しかし、本当に怖いのは、目に見えない恐ろしいものです。

 

たとえば、「まあいいか」と繰り返す怠け心。

「自分だけは大丈夫」という油断。

「どうせ無理だ」というあきらめ。

これらは音もなく、静かに人をむしばんでいきます。

いつの間にかやる気を奪い、挑戦する気持ちを奪い、気づけば、何もできなくなっている。

 

ウイルスや汚染のように、目に見えないものほど防ぐのは難しい。

だからこそ、「見えない危険」に敏感であることが大事です。

それは不安におびえるということではなく、心の中の“変化”に気づくということ。

 

最近、挑戦していないな。

最近、「めんどくさい」が口ぐせになっているな。

そう感じたときこそ、立ち止まって、自分を見直すタイミングです。

 

勉強も同じです。

「分からないままにしておく」という小さな放置が、やがて「もういいや」という大きなあきらめに育ちます。

だから、見えないままにせず、小さな疑問を見える形にして、一つずつ向き合っていく。

それが「自分を守る力」になります。

 

目に見える恐ろしさには人は立ち向かえる。

けれど、目に見えない恐ろしさには気づけない。

それに気づける人は強いです。

 

皆様に見えているかどうかわかりませんが、今、世界規模で民主主義が後退しています。

目に見えない恐ろしいことが、目に見える恐ろしい現実にならないことを祈ります。